岡山の偉人、吉備真備の魅力に迫る

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岡山の偉人、吉備真備の魅力に迫る

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吉備真備(きびのまきび)は、奈良時代、倉敷市真備町あたりで勢力のあった氏族、下道国勝(しもつみちくにかつ)の子として695年に生まれました。元の名は、下道真備です。

早くから大変な神童で、遣唐使に2回も選ばれたのです。中国で多くの事を学び、多くの品を日本へ持ち帰りました。学者として知識人として重宝され、政治的にも活躍し、右大臣までのぼりつめたのでした。

 

 

奈良時代の学者、そして政治家でもあった


早くから「一を聞いて十を知る」という大変な神童で、当時の大学とよばれる中央の学校に入学します。卒業する頃には、すでに官位を得ていました。家柄が重要視されていた時代に、官位を得たことは、それほど勉学が優れていた証拠です。

 

その後、2回ほど中国へ渡りたくさんのことを学びました。帰国後は、学んできたことを教えたり、武勲をあげたりして政治的にも活躍し、右大臣まで出世しました。

 

実はこれはすごいことで、歴史上、学者から立身して政治の中央の大臣まで進んだのは、吉備真備と菅原道真の二人だけなのです。

 

 

遣唐使の一員に2回も抜擢される

716年に遣唐留学生に抜擢され、翌年中国へ渡航。留学生として儒学や天文学、兵学、音楽などを多くのことを学びました。一回目の滞在期間は、18年間だと言われています。

 

735年、帰国。その際に、数多くの品を日本に持ちかえりました。書物に、楽器、武器、測量器具など…。彼が様々な品を持ちかえったおかげで、日本の文化に多いに活用されました。

 

752年に再度、遣唐使として中国へ。2回目は、遣唐使一団の副使としてで、目的は外交政策とあの有名な鑑真を来日させることでした。結果、この任務をしっかりと果たします。

 

 

吉備真備を感じられる場所 岡山県倉敷市


吉備真備は、備中国下道郡、現在の岡山県倉敷市真備町の出身です。真備町(旧吉備郡真備町)という地名の由来は、吉備真備からだと言われています。

 

町に流れる小田川の岸辺に、琴弾岩という名の岩があります。この岩には、吉備真備が岩上で琴を弾いていた、という伝説が残されています。毎年中秋の名月の夜には、この岩の上で琴と尺八の演奏会が開かれています。

 

その他にも町のあちこちに、吉備真備を感じられる場所が多数あります。ご紹介していきましょう。

 

 

吉備公館址と真備公産湯の井戸

吉備真備が生まれた屋敷跡とされているのが、真備町箭田にある吉備公館址(きびこうかんし)です。現在は、屋敷などはなく、道の脇に吉備公館址とある石碑とラテン語で書かれた石碑があります。

 

吉備公館址のすぐそばには、真備公産湯の井戸があります。中国風の朱塗りの建物の下には、コンクリートで密閉された井戸があります。この井戸は、吉備真備が生まれた時に産湯に使われたとされ、生まれる前の晩に井戸に星が落ちたとも言われています。

 

住所:岡山県倉敷市真備町箭田1668

 

 

まきび公園

まきび公園は、真備公産湯の井戸の西方にある公園です。中国の西安市に、吉備真備の記念碑が建てられたのを機に1986年(昭和61年)に整備されました。

 

公園の入り口には、円形の出入り口の門があり、門をくぐると六角亭があります。円形の出入り口から見える六角亭は、日本にいながらにして中国の風情を感じます。

 

緑に囲まれた公園で、春には桜や牡丹、秋には紅葉を楽しめます。その他にも、中国でよく目にする柳や尊重されている櫂(かい)、槐(えんじゅ)などもあります。

 

住所:岡山県倉敷市真備町箭田3652–1

 

 

まきび記念館

公園の一角に、まきび記念館があります。外観は、屋根の四隅が反り上がっていて、朱色の柱という中国風の建物です。入場料は、無料です。

 

記念館には、岡山県内外に残されている吉備真備の関係資料を置いており、写真やパネル、絵画、遣唐船の模型などがあります。休憩スペースには、大きい窓があり、座って園内の景色を眺める事ができます。また、吉備真備コスチュームを無料で貸し出しており、コスチュームを着て公園で写真撮影もできるようです。外での撮影は、写真映えしそうですね!

 

名称:まきび記念館

住所:岡山県倉敷市真備町箭田3652-1

TEL:086-698-7612
開館時間:10時~16時
定休日:月曜日(祝日の場合は翌日休み)、年末年始 12/28~1/4
料金:無料

 

 

吉備寺

公園の入り口に、吉備真備の出自である下道氏一族の氏寺として吉備寺もあります。真言宗御室派の寺院です。

 

吉備寺は、奈良時代に吉備真備が建てたと言われているお寺です。当時の建物は、残念ながら焼失しています。今ある立派な楼門、建物は、江戸時代に再建されたものです。

 

重要文化財(国指定)である蓮華文鬼瓦(れんげもんおにかわら)、四葉蓮華文鐙瓦(よんようれんげもんあぶみかわら)、花枝文宇瓦(かしもんのきがわら)は、ここから出土しています。

 

名称:吉備寺

住所:岡山県倉敷市真備町箭田3650

TEL:086-698-0154

 

吉備様

寺の南側の山、まきび記念館の裏手に階段があり、これを上っていくと「吉備様」と地元で親しまれている小さな神社があります。

 

その境内を裏手に回ったところには、吉備真備の墓とされている墳墓もあります。鐘楼の鐘もあり、今でも時間ごとに打ち鳴らされています。

 

また、学問の神様として信仰を集めており、毎年1月中旬に合格祈願祭が開かれ、多くの受験生でにぎわいます。8月には、夏祭りも行っています。

 

住所:岡山県倉敷市真備町箭田3792

 

 

吉備真備のここが気になる① カタカナをつくった?

倭片仮字反切義解(やまとかたかなはんせつぎげ)という南北朝時代の書物の中に、吉備真備がカタカナをつくったという内容が記されています。それを根拠に、カタカナを発明したのは吉備真備だという説があるのです。まきび公園内には、亀の上にカタカナを掘った丸石が乗っている石像もあります。

 

しかし、近年ではまた違った見方も示されているそうです。もし違ったとしても、吉備真備は頭が良く、天才的だったということは間違いありません。

 

 

吉備真備のここが気になる② 陰陽道で有名な安倍清明の祖?

有名な陰陽師、安倍清明の系譜をたどると、吉備真備に行きあたるという説があります。吉備真備は中国へ行った際、 陰陽道の聖典の金烏玉兎集 (きんうぎょくとしゅう) を持ちかえります。そして、阿倍仲麻呂の子孫に金烏玉兎集を伝えようとしました。

 

その阿倍仲麻呂の子孫と吉備真備の子孫が結婚し、生まれてきたのが安倍清明だ…という説や、吉備真備が陰陽道を子孫に伝えていて、それを安倍晴明が継いだ…などの説があるようです。しかし、実際の記録とは異なっており、単なる伝説のようでした。

 

 

天才、吉備真備は魅力的な人物だった!


当時の日本は、中国のような国づくりを目指していました。2度も中国へ行き、多くの知識を持つ吉備真備は、どの権力から見ても必要な存在だったのです。

 

そのことをよく思わない人達が反乱を起こしたり、邪魔だと思う人達に左遷されることもありました。しかし、吉備真備はめげずに頑張り、政治の中央の右大臣まで出世します。

 

彼の場合は、出世が目的ではなく結果だったのかもしれません。誰かを利用してのし上がったわけでもなく、努力して勉学を頑張り、周りにも認められ、その結果がついてきたのではないでしょうか。

 

 

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